その子に合った支援。よく聞く言葉ですが、言うは易く行うは難しです。これができれば支援は大成功。しかし、なかなか難しいのが実情でしょう。そもそも、その子に合っているかどうかも、後になって振り返ってみなければわからないことがあります。
私がきらりを利用中の保護者の方に時々お話する、ある男のお子さんを例にします。ちなみに、このお子さんはきらり北長野校を利用中の方ではありません。また、ずいぶん前の例とはいえ、今回はやや詳細な描写を入れますので、個人の特定を避けるために、本質的なところは変えずに、一部、他のお子さんの様子を混ぜて書きます。お許しください。なお、今回も長文になりますので、4回か5回に分けて投稿する予定です。人によって考え方のわかれるところもあります。お付き合いいただければ幸いです。
ある養護学校の中学部の男の子(A君としておきます)とは、私が養護学校に赴任して初めて配属になったクラスで出会いました。ASDの診断があり、身長は165センチほどで体重は100キロ弱。べべ、といった声は出すものの、意味のある言葉を発することがなかなか難しいお子さんです。月曜日から木曜日までは学校の寄宿舎で生活しており、金曜日の下校時刻後には家に帰り、月曜日の朝は家の方に送迎していただいて学校に来ていました。
月曜日の朝、A君はいつものように生徒玄関の入口の、下履きから上履きに履き替える場所で横になって寝ています。眉間にしわを寄せ、不機嫌そうなうめき声を出しています。A君は、保護者の方の仕事の都合で早めに学校に着き、月曜日はいつもこの場所に横になっています。あとから学校に来た他のお子さんは、「A君、じゃま。」などと言いながら、仕方なく彼の上をまたいで教室に向かっていくので、A君はなおいっそう不機嫌になります。
当時の私のクラスは、生徒7名、職員4名という構成で、職員はその週の担当のお子さんが決まっていて、一週間一緒に活動するという形をとっていました。確か4月の第3週目だったと思いますが、私がA君の担当になりました。月曜日の朝の9時少し過ぎ。他の6名のお子さんは着替えを済ませ、教室で朝の会を行っているのですが、A君は相変わらず一人で同じ場所で横になっています。左手で頭を支え、右手を口に当て、不機嫌そうにしています。さて、A君にどう対応しようか、私の悩みが始まりました。力ずくで立ち上がらせようとしても、90キロを超えるようなお子さんを起こすことは出来ません。叱ってみたところで、なお不機嫌になるだけです。当時、私以外の職員は中学部1年からの持ち上げでしたので、これまでどうしてきたのかと尋ねたところ、力ずくで動かすのは到底無理なので、時々様子を見に行って声がけをする、という対応をしていたようです。A君は勝手に外に飛び出してしまうようなお子さんではなかったため、確かにそれも一つの有効な方法でした。無理に動かさず、彼が動き出すのを待つ、という立場です。しかし、小学校から赴任してきたばかりの私には、そうやって1時間以上もそのままにしておくのがどうも腑に落ちませんでした。ではどうするか、いろいろと試したのですが、結局うまくいかず、その1週間は、時々様子を見に行く、という対応を取ることになりました。
5月の連休が明けてしばらくの頃、再び私がA君の担当となる週がきました。前回、やさしく叱ってもなだめても、くすぐっても引っ張っても駄目だったので、今回は私も腹をくくって、しばらく同じ場所に一緒にいることにしました。床に腰を下ろしてみたところ、玄関は5月の風が通って居心地が良い場所だったことに気が付きました。そこで、A君のお付き合いで、私もA君と一緒に、まるで鏡のようにA君と同じ格好をして床に寝転んでみました。玄関の床は、ひんやりとしていて、結構心地良いんですね。初めて知りました。そして、A君が不機嫌そうにうなった時には、私もA君と全く同じ仕草をして同じようなうなり声をあげてみました。その時、そんな私をA君がじっと見つめていることに気が付きました。今になって思えば、これが彼と私の気持ちが初めて通じ合った瞬間、彼が私の存在を認めてくれた瞬間だったのかもしれません。するとしばらくして、A君は自分からさっと立ち上がって着替えの部屋に行きました。こんなことがその後の担当の時も何回か続いたのち、A君も、あの先生が来ると何かやるな、と思うようになったのでしょうか、だんだん寝ている時間が短くなり、夏頃には、私が行くとしばらくして移動してくれるようになりました。
ここまで書くと、簡単にできたように思われるかもしれませんが、初めて彼の担当になった1週間は本当に辛かったです。何をやっても受け入れてもらえず、怒鳴りつけたい気分になりました。他の先生方が伝えると、時間はかかっても動いてくれたのに、私ではだめでした。いくつの方法で失敗したかわかりません。その結果、一緒に寝る方法が一番効果的だったわけです。ただ、これが彼に合った対応方法だったのかというと、よくわかりません。いろいろやっていたら、たまたまこの方法に出会ったにすぎません。また、A君と私との間に、この1、2か月ほどで、わずかながらも気持ちのつながりができてきたから、という面もあるでしょう。人間関係ができていない人からは、何を指示されてもやろうとしない、というお子さんでしたので。
手探りでの対応でしたが、よかったなと思うこともあります。彼の意思を無視して無理に動かそうとしなかったことです。私がものすごい勢いで怒鳴りつけていれば、彼は動いていたでしょう。しかし、これでは一時的には動いたとしても、彼には大きなストレスがかかり、後々に情緒的な問題を引き起こしていくことにもなりかねません。私との気持ちのつながりも出来なかったはずです。その意味では、一緒に横になって彼のリズムやペース、気持ちに合わせようと試みたことは良かったのではないか、と思っています。 きらりでも、契約したばかりのお子さんの個別支援計画には、気持ちのつながりを作るという内容を必ず入れるのは、この時の経験が生きているのかもしれません。【山】(その2に続く)