次は逆に、当時の私(という限定を付けておきます)が、A君に合った対応方法だったと思った例を一つ上げます。この対応については、本当に本人に合ったものと言えるかどうかについて、意見が分かれるはずです。
このお子さん、これだけの体重がありますので、体を動かすことは好きではありません。寄宿舎では決まった食べ物しか出てこなかったため、少々苦手なものでも食べていましたが、週末に家に帰ると、すごい量のお菓子を食べていたようです。そのため、どんどん体重が増えていきました。
当時、養護学校の中学部ではほぼ毎朝、短時間ですが運動をする時間を帯で取っていて、運動の成果を発表する場として運動会とマラソン大会(といっても、順位を競ったり相手に勝ったりすることを目指すのではなく、そのお子さんが自分の持つ力を一生懸命出すことが大切、という立場でした。)がありました。6月に行われた運動会では、A君は、ネットをくぐったり、平均台を越えたり、段ボールの中に入って転がったりなど、いろいろな種目に挑戦しました。小学部から行っていた内容が多かったため、ゆっくりながらも取り組んでいました。困ったのが秋のマラソン大会でした。学校の南側の農道(往復で最長4㎞ほどありました。)を行って帰ってくる、という内容です。A君は、マラソンは大の苦手。普段の運動の時間でも、ほとんど走りません。嫌なものはやらせる必要はない、本人の意思を尊重すればいい、という考え方もあるのですが、本人の今後の健康のことも考えると、運動を嫌いにさせたくない、体を動かす機会も大切にしたい、という思いもありました。無理に走らせることはやるべきではないにしても、体を動かす機会は作っておきたい、運動することが楽しいこともある、という気持ちにもなってほしいなと思い、声をかけていったというのが私の立場でした。
2学期に入り、マラソン大会に向けての活動が始まりました。その年、私がA君のマラソン担当になりました。昨年はどうしていたのか伺ったところ、ある先生が自転車に乗って後ろから追いかけるようにして走っていたとのこと。これではいやいや走らされていて、本人も先生も嫌だろうな、と思ったものの、ではどうすればいいかが思い浮かびません。ただ、怒鳴って走らせるのだけはやめよう、と思っていました。いろいろ考えた挙句、私は、みんなが走っているのをしりめに、まずは楽しく散歩をすることから始めました。そして、しばらくそれを繰り返したのちに、ほんの少しだけ走り、あとはゆっくりおしゃべりをしながら歩くようにしました。最初は同僚の先生に小言を言われました。当然と言えば当然です。他の子はみんな走っているのに、A君だけはマラソンをしていないのですから。ただ、私には私なりの狙いがありました。マラソン大会の本番に向けて、スモールステップで進めていこうと考えました。最初はとにかく楽しく外を歩き、ほんの少しだけ走るところから始め、走る回数を1回から2回、2回から3回と少しずつ増やしていき、走ったらすごく褒める、頑張ったから一緒に歩こう、という具合に、少しずつ負荷を増やしていきました。1回あたりの走る距離も少しずつ長くしました。大切にしたことは、急に頑張らせない、無理をさせない、(こちらが焦らない、焦らせない)ことと、少しでも走ったら二人で一緒に喜び合うことで、走ることが嫌なことではないという思いを作っていくことでした。
この頃、週に3回から4回はマラソンの練習があり、いつも私がA君の担当でしたので、ずっとこのパターンで行っていきました。そのうち、だんだんA君が自分で走るようになりました。私と一緒に走っていたのが、私をおいて先に走る様子も出てきました。こうして積み上げていき、マラソン大会の本番を迎えました。A君はスタートをしたあと、1人で2㎞先の折り返し点(1㎞先をゴールにしていたお子さんもいました。)まで走っていき、1人だけでずっと走って帰ってきました。この様子を見たお母さんも私も大感激でした。【山】(その3に続く)